「ほっ」と。キャンペーン

<   2010年 11月 ( 29 )   > この月の画像一覧

野生ランの第二弾はホテイランです。

 私が野生ランに興味を持つきっかけになったのはこのホテイランである。山野草に興味を持って間もないころネット上でこの花を知り、「野生ランの中で最も美しく高貴なラン」という表現にひかれて、矢も盾もたまらず都合をつけて出かけたのは昨年6月下旬、見ることは出来たが既に終盤であった。

 その後いろいろ検索しているうちに、「NPO法人・日本高山植物保護協会」なるものがあり、その会長がネパール・ヒマラヤでご一緒したプロ写真家S氏であることを知り、早速入会して一年ほどの今年5月に、このホテイランの保護活動のボランティア募集の告知を見て参加しました。
d0168292_13462843.jpg

根元に1枚しかない葉は、デコボコしてハ虫類の皮膚のよう・・・・でもその花は「こんにちは 可愛いね」と、そっと覗き込んでご挨拶したくなります。
 ある人は「布袋蘭というより妖精蘭」と言い、またある人は「ホテイランと言うより“白雪姫の七人のこびと”」と表現している。
d0168292_13562057.jpg

苔むした林床にたたずむ姿はやはり「森の妖精」である
d0168292_141179.jpg

 ラン科の多年草。偽鱗茎(りんけい)があり、1枚の葉と1本の花茎をつける。葉は楕円形で縦じわが顕著で縁は波状に縮れ、裏面は紫色を帯びる。高さ約10㎝前後のの花茎の先に、花を1個やや下向きに淡紅色で美し開く。萼片(がくへん)と側花弁は同形、狭披針(きょうひしん)形で開出する。唇弁は袋状にふくらみ、2裂する距がある。和名は、膨れた唇弁を布袋(ほてい)の腹に見立てたもの。
d0168292_14124992.jpg
d0168292_14131718.jpg

七福神のひとつ布袋は
七福神の中で唯一実在の人物である。中国の唐末期(九~十世紀)に実在した禅僧契此がモデルになっているという。この僧は、大きくふくれた腹をしており、いつも手に杖を持ち、大きな布袋を背負い、施しを求めて市中を歩いていた。そして、布施を受けた物は何でも袋の中に入れて歩いたという。この布の袋から布袋という名ついたと考えられる。
 背は低く、額や鼻にしわを寄せ、満面に笑みを浮かべた姿は愛嬌があったようだ。しかも、この僧は超能力の持ち主で、雪の中に寝ても少しも濡れず、人の吉凶を占って百発百中だったといわれる。その布袋和尚の人徳から、福運、大量のご利益があるといわれている。
d0168292_14185813.jpg

[PR]
by katsu-makalu | 2010-11-30 15:51 | Comments(2)
今シーズンの花散策も終わりとなり、年末に咲く瀬戸の一番花が待たれます。

 野生ラン達は、頑なに己の自我を守り、その個性を主張する、機嫌をそこねると短期間に絶滅することになる。
 地味な種類も多いのですが、その魅力に取りつかれた一人です。しかし悲しいことに山野では絶滅寸前の種が非常に多いのが現状です。 

 その自生地は偶然見つけたもの、ネット検索で探しに出かけたもの、知人に教えて頂いたものと色々であるが、地味な種類のものは比較的薄暗い所で、手持ち撮影で情けない画像ばかりであるが、今年見た野生ランを順次取り上げてみます。

第一回目としてアツモリソウです。
 八ヶ岳のホテイランの保護活動にボランティアで参加した折、アツモリソウの保護活動をして見えるY氏とご一緒し、アツモリソウの保護活動にお誘いを受けて出かけた時の画像です。
d0168292_13453268.jpg

花は3~4cm程の袋状で、赤紫色。茎の頂上に通常1花、まれに2花つける。
全体の高さ30~50cm、葉は3~5枚が互生する。冬は落葉する。
北海道から本州に分布する。寒冷地を好み、北へ行くほど低山でも見られるようになる。
草原、明るい疎林に生育する。
d0168292_13455943.jpg

和名の由来は
クマガイソウ、アツモリソウの名は、膨らんだ形の唇弁を昔の武士が背中に背負った母衣(ほろ)に見立て、がっしりした方を熊谷直実くまがいなおざね)に、優しげな姿の方を平敦盛(たいらのあつもり)にあてたものである。
花色がそれぞれ白、赤っぽいため源氏の白旗、平氏の赤旗に見立てたための命名ともいわれる。
d0168292_13461651.jpg
d0168292_13463839.jpg
d0168292_13465958.jpg


名前の由来の平敦盛とは
 笛の名手であり、祖父平忠盛が鳥羽院より賜った『小枝』(または『青葉』)という笛を譲り受ける。
 平家一門として17歳で一ノ谷の戦いに参加。源氏側の奇襲を受け、平氏側が劣勢になると、騎馬で海上の船に逃げようとした敦盛を、敵将を探していた熊谷次郎直実が「敵に後ろを見せるのは卑怯でありましょう、お戻りなされ」と呼び止める。
敦盛が取って返すと、直実は敦盛を馬から組み落とし、首を斬ろうと甲を上げると、我が子直家と同じ年頃の美しい若者の顔を見て躊躇する。直実は敦盛を助けようと名を尋ねるが、敦盛は「お前のためには良い敵だ、名乗らずとも首を取って人に尋ねよ。すみやかに首を取れ」と答え、直実は涙ながらに敦盛の首を切った。この事から、直実の出家の志が一段と強くなったという発心譚が語られる。
 この『平家物語』の名場面は、のちに能『敦盛』、幸若舞『敦盛』、謡曲『敦盛』、歌舞伎『一谷嫩軍記』などの題材となった。
織田信長の好んだ歌『人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻の如くなり。一度生を享け滅せぬもののあるべきか』は幸若舞の『敦盛』の一節である。
[PR]
by katsu-makalu | 2010-11-29 14:14 | Comments(0)
昨日は海上の森の自然観察会に参加した。

 Y先生の主宰する「海上の森を楽しむ会」の月2回の観察会で、参加者はほとんどメンバーの方々で、花の終わったこの時期私のような一般参加者は少ない。
ポイント・ポイントの説明の他、お聞きすれば丁寧にお答え頂けるが、ワイワイ・ガヤガヤの気楽で気さくな観察会である。

 さすがにこの時期花はなく実や黄葉を楽しんだ一日であるが、今日一番の収穫は昼食時に隣へ腰かけられたWさんから声を掛けて頂き、観察会終了後に喫茶店で有益なお話を聞けたことである。来シーズンの花散策に役立つこと間違いなし。

d0168292_13454473.jpg
d0168292_13462373.jpg
冬が来る前に・・・・・
すでに来春の準備が始まっている








シュンランの実
d0168292_13492362.jpg

マルバノホロシの実
あの濃い緑から熟すと半透明になって中の種が見える
d0168292_13504286.jpg

印象的な葉
d0168292_13524775.jpg

胞子嚢が印象的だ
d0168292_1435721.jpg

ゴンズイ
d0168292_13543475.jpg
d0168292_1355675.jpg











d0168292_146549.jpg











d0168292_1493146.jpg











d0168292_1410561.jpg











d0168292_14114096.jpg











d0168292_14123435.jpg











d0168292_14133526.jpg











d0168292_14143493.jpg











d0168292_14174751.jpg



























d0168292_14185667.jpg











d0168292_14214498.jpg











d0168292_14225285.jpg

d0168292_14242173.jpg











d0168292_14272680.jpg











d0168292_1428297.jpg











d0168292_14302984.jpg











d0168292_14311650.jpg











d0168292_14331532.jpg

d0168292_14364088.jpg











d0168292_14374496.jpg











流れになった大正池
d0168292_1439671.jpg

トキリマメ
d0168292_14402247.jpg
d0168292_14404669.jpg











d0168292_14412123.jpg










d0168292_14422484.jpg

d0168292_14433293.jpg


         花はほとんどなかったが、自然界の造形の不思議さを、
         改めて実感した一日であった。
[PR]
by katsu-makalu | 2010-11-28 14:53 | Comments(0)
先日 愛岐トンネル群をみた帰り、古い記憶を頼りに鹿乗町へ立ち寄った。
 
 瀬戸の奥座敷と言えば岩屋堂公園や定光寺であるが、ここは定光寺から車で数分、かっての愛岐道路から名古屋方面へ向かう道を100㍍程入った所の料理旅館(どうも廃業したみたい・・・)
庄内川を挟んで対岸は春日井市になる、地元の車以外は余程知った人以外は通行しない橋から直ぐである。

道路から見ると逆光に映えてきれい
しかしちょっと広い範囲で写すと電線が入ってしまう・・・
d0168292_17552650.jpg
d0168292_17555578.jpg

電線を避けるには真上を撮るか
d0168292_17584862.jpg
d0168292_17591783.jpg

狭い範囲を撮るしかない・・・
d0168292_1804674.jpg
d0168292_181356.jpg
d0168292_1812442.jpg
d0168292_1814575.jpg
d0168292_182155.jpg
d0168292_1823178.jpg
d0168292_183651.jpg
d0168292_1834459.jpg
d0168292_184299.jpg
d0168292_1844518.jpg
d0168292_185794.jpg
d0168292_1854134.jpg
d0168292_185583.jpg

近くには愛知環状鉄道が
d0168292_188377.jpg

[PR]
by katsu-makalu | 2010-11-27 18:11 | Comments(4)
        先日知多のミミカキグサを見に行った折 知多半島の先端羽豆岬へ


 羽豆岬は案内によると1600万年前に砂岩と頁岩が交互に積層して出来上がった岬で、立地的に、東に三河湾、南に伊勢湾を控えて、古代より政治的、経済的な海運交通の要所であった。その為か、城跡があり、展望台の直ぐ下には羽豆神社もある。

 天然記念物「うばめがし」が生い茂る遊歩道のトンネルは、「恋のロマンスロード」と呼ばれているとか・・・
 遊歩道からはキラキラと輝く青い海と伊勢湾に浮かぶ島々が見える。
「うばめがし」のトンネルを抜けた先には伊勢湾、知多湾が見渡せる絶景の展望台があり、日の出スポットとしても有名。 

d0168292_17132917.jpg
フェリー乗り場の駐車場に車を入れて羽豆神社の鳥居へ向かう。

お土産屋さんの前にはタコが舞う




鳥居越しに篠島方面
d0168292_17233122.jpg

d0168292_17243799.jpg
堤防上に猫一匹










d0168292_1741338.jpg

d0168292_1729292.jpg
d0168292_17291754.jpg

釣り人
d0168292_1731198.jpg

肩寄せ合って・・・
d0168292_1732276.jpg

夕日を眺めて(一服するライダー)
d0168292_17325564.jpg

貨物船と渥美半島
d0168292_17334029.jpg

灯篭
d0168292_17425793.jpg

吾一人・・・
d0168292_17434846.jpg

d0168292_1746291.jpg










岬の周りは道から海岸まで、護岸されていて植物はない。道路から神社側の崖に終りがけのハマナデシコとアゼトウナが・・・
d0168292_1751105.jpg
[PR]
by katsu-makalu | 2010-11-26 17:59 | Comments(2)
お寺さんの紅葉を見た後 公開される廃線・トンネルの受付へ向かう。
 
 思い起こせば廃線になる前数年にわたって、登山やスキーで何回もここを通る蒸気機関車曳かれた列車に乗っている。
列車がトンネルに出入りするたびに急いで窓の開け閉めをしたものだ。列車から降りて先ずすることは鼻をかむことと顔を洗うことだった。懐かしい思い出だ。

d0168292_13391893.jpg
お寺さんから下って県道(かって有料道路で会った時は愛岐道路と呼んでいた)を横切って城嶺橋(しろがねばし)で庄内川を渡る。




橋の上から見る上流(↑)と下流(↓)

d0168292_13444359.jpg









定光寺駅への階段を通り越して進むと、高い所にスズメバチの巣が
d0168292_13511563.jpg









受付で保険料100円を払って階段を上ると、今回の公開イベントのホルン演奏の準備中
d0168292_13555097.jpg









いよいよトンネルであるが、その前にNPO法人についてH/Pから

自然環境の保存、そして産業遺産の保存・再生  ―NPO法人設立趣意書―

 愛知県の高蔵寺駅と岐阜県の多治見駅間のJR 中央線と庄内川(玉野川・土岐川)を挟んだおよそ8 キロに及ぶ地域に、旧国鉄時代の(明治33 年~昭和41 年)13 箇所ものトンネル群を擁した廃線跡地(産業遺産)が残っています。

 廃線されて後は全く手付かずのままだったため、雑草と雑木でジャングル化して足の踏み場なく埋没し、住民からは忘れ去られたままの場所となっていました。廃線に沿っては風光明媚な玉野渓谷があり、また鉄道建設より100 年も前から地元住民の手によって建設されたという玉野街道の跡地(歴史遺産)もあります。

 私達法人は、この産業遺産群と歴史遺産に加え、廃線や古道に自生する生物相と美しい自然とが三位一体となった環境を保全整備し、調査・収集保存・記録・研究したことを住民に公開して活用する活動を行なう。あわせて継続して行なうこれらの活動によって、広域住民のためのワイズリュース(賢明な再利用)する事業を行なうものである。
 
             ※ 設立趣旨とその行動に全く頭の下がる思いである。
               不勉強ゆえ以下の説明の太字部分はH/P・当日のパンフ
               から、転載・引用をお許しください。

d0168292_1410518.jpg









          3号(玉野第三)トンネル入り口 76㍍

d0168292_1414791.jpg









3号トンネルへ入って振り返れば
d0168292_1425665.jpg

3号トンネルを抜けると竹林越しに赤い紅葉が
d0168292_14301449.jpg











d0168292_14322136.jpg

3号と4号の間には短いが鉄橋跡がある
d0168292_1439233.jpg

d0168292_14564689.jpg

d0168292_14581431.jpg
4号(玉野第四)トンネル入り口 75㍍









4号に入って振り返ると
d0168292_1521924.jpg

4号出口 いよいよ巨大モミジ・・・・
d0168292_154583.jpg

県下一?東海一?
 4号多治見口のそばにそびえるモミジの3本の巨木たちは、県下最大級の推定樹齢100年前後と思われる。
このモミジは切り株から芽を出した「株立ち」の可能性があり、さらに高樹齢になるのではと今後の樹木調査に期待がかかります。委員会ではこの巨木たちをシンボルツリーとしてユニフォームの胸にワンポイントで採用しています。 
 
巨大モミジの画像は昨日のUPをご覧頂くことにして5号トンネルへ向かう
d0168292_15374732.jpg
滝見橋
上流にいくつもの滝が連なっている。将来は遊歩道を整備する予定とか・・・





庄内川(玉野川)の見通しが良い
d0168292_15413054.jpg

5号(隠山第一)トンネル 99㍍
d0168292_15521366.jpg









d0168292_15535343.jpg

d0168292_15555684.jpg









5号出口から
d0168292_15595580.jpg

6号(隠山第二)トンネル 333㍍
d0168292_1673830.jpg

トンネルの種類と構造
 馬蹄形総レンガ造り山岳トンネル(他には円形・箱型がある)。ポータル(トンネル入り口・抗門)入り口のみレンガ積で、坑道内部が岩盤露呈のケースもあるが、ここのトンネル群は内部もすべて総レンガ積みであり、当時の職人たちの丁寧な造りがしのばれます。

6号は日本一?
 トンネル入り口の強度を高める迫石(せりいし)は4~5重巻きが主流ですが、6号は地質がもろく漏水や崩落が続出する大変な難工事になり、何と7重に巻かれる入念な巻き立てが施され、当時の苦労が垣間見えます。また、この7重巻きは全国でもここだけとの情報もあります。6号春日井口の川側には何度も崩落したレンガ残骸が多量に捨てられています。

d0168292_16375825.jpg








山おやじの大エノキ
6号トンネルの手前を川側に少し進むと本州では珍しい板根の大きなエノキがある
d0168292_16422752.jpg









d0168292_16502445.jpg
d0168292_16503438.jpg

6号トンネル出口
d0168292_16535576.jpg

d0168292_16554383.jpg










d0168292_1656345.jpg


























スズカアザミとウラギンシジミ
d0168292_171279.jpg










d0168292_1714726.jpg










玉野古道
 明治24年、多治見町民有志が出資し多治見から名古屋へ向かう玉野街道の開削を開始した。平坦道路を切望していた人々は期待を込めて「名古屋新道」と呼び、そして明治28年古虎渓で開通式を行った。が、しかし翌年中央線ルートとなり施設工事が開始されこの新道は所々で寸断されてしまい、明治33年に中央線が開通すると玉野街道は全くさびれてしまった。開通当時、出資金を補てんするため「道銭」を徴収していたが、近年この高札(料金表)と、事務所の公印が発見され、一年あまりの短命という運命をたどった「幻の古道」の存在が明らかになった。
 大エノキのところを川まで降りると一部見られる。

d0168292_1753955.jpg
d0168292_1755394.jpg
d0168292_176337.jpg

[PR]
by katsu-makalu | 2010-11-25 17:32 | Comments(0)
 定光寺(愛知県)と多治見(岐阜県)間の庄内川(岐阜県側は土岐川)沿いの渓谷に、煙を吐いて蒸気機関車の力強い鼓動が響き渡っていたのは40年以上も昔のこと。
複線電化にともなって新ルートを電車が通る昭和41年廃線となった。この廃線区間8㎞ほどに長短合わせて14のトンネルがあった。

 NPO法人・愛岐トンネル群保存再生委員会の調査・整備が1号~6号まで終わっている。
今回公開されたのは3~6号トンネルと廃線区間である。

      4号トンネルの多治見側に今日の画像の巨大モミジ3本がある。
          幹周り=210㎝ 200㎝ 180㎝
          樹高=約18m
          樹冠の幅=約26m
          推定樹齢=98~110年
          見る角度によって3本とも、4本、5本とも見える巨大なモミジ
d0168292_19205780.jpg
d0168292_19211178.jpg
d0168292_19212744.jpg
d0168292_19214470.jpg
d0168292_1922133.jpg
d0168292_19221782.jpg
d0168292_19223332.jpg
d0168292_1922502.jpg
d0168292_1923625.jpg
d0168292_19231927.jpg
d0168292_19233310.jpg
d0168292_19235070.jpg
d0168292_19242424.jpg
d0168292_19244882.jpg

トンネルの話と他の画像はまた後日としてトンネル画像1点を
d0168292_19252513.jpg

[PR]
by katsu-makalu | 2010-11-24 19:32 | Comments(4)
d0168292_177143.jpg

今日から始まった旧国鉄中央線(西線)の廃線とトンネル群の公開に行ってきた。
早めに出発してトンネル公開へ行く前に定光寺の紅葉を見た。

d0168292_17144470.jpg
d0168292_17153941.jpg











d0168292_1716209.jpg











参道入り口の石橋とその左右
d0168292_1719078.jpg


d0168292_17193662.jpg











d0168292_17202879.jpg











d0168292_1722047.jpg

d0168292_17225517.jpg
d0168292_17231933.jpg
d0168292_17233628.jpg
d0168292_17235790.jpg
d0168292_17241384.jpg
d0168292_17242940.jpg
d0168292_17245772.jpg
d0168292_17251132.jpg
d0168292_17253727.jpg
d0168292_17255852.jpg
d0168292_17261236.jpg
d0168292_17263039.jpg


d0168292_1727226.jpg












d0168292_17274730.jpg












d0168292_172968.jpg


時間を見計らってトンネルへ移動
無差別と言って良いほどシャッターを切ったので整理が追いつかない、今日の所は画像3枚で後日愛岐トンネル群保存再生委員会(NPO法人)のことを含めて後日とする。
d0168292_17364430.jpg
d0168292_17365430.jpg
d0168292_1737283.jpg

TVで取り上げたそうで見学者が多くどの画像も人が入ってしまう・・・・
今日もTVの取材が来ている。
[PR]
by katsu-makalu | 2010-11-23 17:40 | Comments(2)
                      今日の雨は予報通り、昨日今日の雨を考えてライトアップされた紅葉を
                      見てきた。おまけに昨夜は満月であったが、私の技量では何ともならな
                      いことを実感した・・・


以前は総門を入って右側には勝軍地蔵菩薩をはじめ、六地蔵と弘法大師像、左側には七観音の石仏がお祀りされていたが駐車場になって今はない・・・      ↓'08.11.25の画像     
d0168292_14163068.jpg



ここで八事山興正寺についての説明を

 寺は、八事山と云い、高野山真言宗の別格本山である。貞享3年(1686)に高野山から移った天端円照によって開かれ、貞享5年(1688)2代尾張藩主徳川光友の許可を得て伽藍を建立したという。
境内は広大で、東西2山に別れ、東山は高野山の奥院を擬して、尾張高野ともいわれる。西山は、南から総門、中門、五重塔、本堂を中心軸状に並べた伽藍配置をとる。
五重塔は文化5年(1808)に建立されたもので、大工は森甚六辰清であった。

 五重塔は初重柱間3.94m、総高26.34mの中規模な塔婆である。この塔は、上層にあがるほど屋根が小さくなる逓減率(ていげんりつ)の割合が低く細長い、塔身の長さに対して相輪が短いなど、外観の比例に江戸時代後期の特徴がみられる。
塔全体は装飾をひかえた和様でまとめられ、組物は三手先、中備には初重が蓑束(みのづか)、二重以上では撥束(ばちづか)をのせ、二重・三重目と四重・五重目の高欄の形式を変えるなどの工夫もみられる。
心柱は初重の心礎上から立ち上がり、初重の内部や組上げ構造には古風な手法が残っている。四天柱間には、仏壇を設けて四面に金剛界四仏を配し、心柱に穴を穿(うが)って本尊大日如来が祀られている。
県下では唯一の五重塔である。       ―文化財ナビ愛知より―

 江戸時代まで東山(女人禁制)と西山を分けていた中門(↑画像の五重塔の前)も明治の女人禁制廃止後移された。

d0168292_1433576.jpg
d0168292_1434672.jpg

d0168292_14355064.jpg
d0168292_1436039.jpg
d0168292_14361171.jpg
d0168292_14362069.jpg
d0168292_14362954.jpg
d0168292_14363833.jpg
d0168292_14364787.jpg
d0168292_14365635.jpg
d0168292_1437780.jpg


 
[PR]
by katsu-makalu | 2010-11-22 14:40 | Comments(0)
 先月下旬に海上の森の湿地とその近くの山口湿地で見ているが、知多半島にミミカキグサの群生があることを知り出かけた。
 知多半島の湿地といえば壱町田湿地があまりにも有名であるが、年に何回かの公開日しか観察できない。ここは何時でも誰でも見られるうえに、わずか20数㍍の木道の両側にびっしりと群生していた。こんな群生は初めて見た。

這いつくばって、寝ころんで必死にシャッターを切ったのに、取込んでみるとピンボケばかり・・・
載せるのが恥ずかしい画像であるが、せっかくだからピンボケでも証拠写真として・・・
d0168292_13135397.jpg
d0168292_1314840.jpg
d0168292_13142839.jpg
d0168292_13144078.jpg
d0168292_1314535.jpg
d0168292_1315765.jpg
d0168292_13152284.jpg
d0168292_13153782.jpg
d0168292_13155179.jpg
d0168292_1316540.jpg
d0168292_13161830.jpg
d0168292_13163473.jpg
d0168292_13165251.jpg
d0168292_1317560.jpg
d0168292_13172368.jpg
d0168292_13173753.jpg
d0168292_1318205.jpg
d0168292_13183092.jpg


           ミミカキグサの前に常滑の「焼き物散歩道」で煙突を写し、ミミカキグサの後は孫との
           約束時間に充分な余裕があるので半島の先 羽豆岬で夕刻まで時間を費やす。
           煙突と羽豆岬の風景写真はまた別の機会に
[PR]
by katsu-makalu | 2010-11-21 13:32 | Comments(2)